時折感じる、安定を離れどこかに旅にいきたい気持ち

時折、どこか遠くに行きたくなることがあります。今に不満があるとか、逃げ出したいとかそういうわけではなく、どこか知らないところに旅をしてみたい、そんな感情にかられるのです。

特に行く予定はないけれども、ガイドブックを読むのはとても楽しいものです。ガイドブックは写真もあって、想像が広がっていくというのもまた、その理由の1つでしょうか。

一度行った場所でも、一度も行ったことのない場所でもあまり関係はありません。日常から離れたどこかに連れてってくれる気さえしてきます。テレビで旅の番組がなくなることがないのは、誰もが日常を離れた非日常を望んでいるからでしょうか。

つい先日、代表的な紀行文である「深夜特急」を読みました。以前彼の文章は新幹線においてあった雑誌の中でも見かけたことはありました。文章が上手な人って始まりと終わりの一行がとても上手なんですよね。自分も見習いたいものだと常々思っています。

どちらかといえば、影響されやすい方だと自認しています。「深夜特急」を読んだら常日頃感じていた旅への希求が更に高まっていきました。身一つでユーラシアを横断するという旅は出来そうにはないけれど、ゆったりと歩きながらの旅は是非ともしたいものだと。

とはいえ、社会に出て働いている身では、旅行に行くというのもそうできるものではありません。まず、時間の問題があります。憧れるのは1日2日ではなく、1年くらいかけた旅ですが、会社に勤めている身としてはそんな時間はありません。また、金銭的な問題もあります。

日々の生活をおくるのに精一杯で、旅行に使えそうなほどのお金はないのです。今勤めている会社をやめて、見知らぬ土地にいって、といった世捨人のようなことができる自信もありません。安定が一番です。

人生は旅であると聴いたことがあります。平坦な道で旅をしていたい、その気持ちは強く持っています。

しかし荒波をいかだで渡るような旅をしたいと思うこともまた、確かなのです。

娘の音楽教室でクラスコンサートがありました。

娘が通っている音楽教室では一つのカリキュラムが終わる時にクラスコンサートがあります。クラスと言っても4人しか生徒はいないし、一人で教室の前に立って今期に習った歌をマイクを持って歌うだけです。

初めての時は張り切ってビデオカメラを回したのですが、半年に一度あるのでかれこれもう4回目な上にどれほども歌が上手になった感じもしないのでもう撮影はやめました。この曲を歌うと言っていた曲のDVDを見せて1番と2番の歌詞の違いを教えておきました。本人はもうDVDなんて見なくても覚えていると自信満々です。

しかしいざ教室で何を歌うかと聞かれたら全く違う曲を選曲してしまいました。どうも男の子と同じ曲は嫌だったようです。先生に「一番に歌いたい人~」と言われて張り切って手を挙げていました。4人全員がです。子供の気持ちってよく分かりません。

娘はジャンケンで一番を勝ち取り満足そうに前に立ちました。音楽が流れ始めるといつものおちょぼ口です。一丁前に緊張するくせに何で一番に歌いたいのかよく分かりません。案の定、1番と2番の歌詞はシャッフルされていました。おバカなところが可愛いです。

リズム感は良く音程もだいぶとれているのですが、いつになったら歌らしい発声ができるのでしょうか。テレビに出てくる天才演歌少女とかはやっぱりレベルが違うなと思います。4人全員が歌い終わるとくっついて来ている小さな兄弟姉妹にもマイクを持たせてくれ、音楽を流してくれます。

うちの2歳の娘も私も私もと張り切って前に出ました。半年前にはマイクを握りしめて微笑むだけで一言も声を出せなかったのに今回はまずまず歌っていたのでその成長に驚きました。

ビデオカメラを持ってこなかったことが悔やまれます。歌が上手になるとかではなくみんなの前で歌うと言う経験が精神的に役に立っているんだなと感じました。リトミック的な内容からようやく鍵盤に触るようになったばかりなのですが、早く楽譜を見てピアノを弾けるようになってもらいたいものです。

夢は親子で連弾です。でも私はすっかり弾けなくなっちゃってるし練習するのも面倒なので姉妹で連弾なんてのもいいなぁと思います。

快適な暮らしも二十年前が最高だったのかもしれません

余りにも最新の機械で、デジタルなお店と、いつまでもほぼ昭和のスタイルを撮り続けているお店があり、それに戸惑ってしまいます。どちらかというと、デジタルなお店の方が好みです。ただし、これが、街中というか、郊外にはあっても、都心にはなかったりするのです。つまり、古くなったお店を立て替えたくても、その背景が難しかったりするのでしょうね。でも、そろそろ延期してばかりもいられません。

もしかしたら、日本も、二十年前が最高の盛り上がりで、それ以降は、少し暮らしぶりがおかしくなってきているというか、昭和初期のような進化から後退に変わってしまったのではないのかと思うのです。

なぜならば、もちろん、お金を持っている方は別ですが、住宅も、二十年前に建てたものは、だいぶ、がたが来ているように感じるのです。マンションであれば、さらに古いものも経っています。

よくりのべーしょんといいますが、本当に、リノベーションで満足するのでしょうかと疑問が出ます。個人的に、リノベーションするくらいならば、立て替えたほうがいいように思うのです。一戸建ても、マンションもそうです。

さらに、少し前に、話題になったマンションではないところでも、渡り廊下が外れてしまって壊れている映像を見たことがあります。不思議にも、そちらにお住まいの方もいるようなのです。驚きです。とても無理なように思うのです。古いマンションは、どうしても少し、古さが協力になってきたりもするのです。

不思議で不思議で仕方がないので、知り合いの方に意見を求めると、雨風凌げればいいといいます。

それが、どうしても私には理解できないのです。いい暮らしというか、快適な暮らしを求めて社会人になり、とても、雨風凌げればいい暮らしを求めていたわけではないので、それを伺うたびに自分はおかしいのかと思っています。

見てみると、その数も多くて、なにかのきっかけがないと立て直しまではいかないのだということを感じています。